第三話
「日本を知る、日本流で行く。日本流サステイナビリティ・マネジメント8ヵ条の提言」
サステイナビリティ号は、私の中で「日本流サステイナビリティ」という概念が次第に明確なものになっていた。そして、「日本流サステイナビリティ・マネジメント8ヵ条」を2012年に提言するに至った。
- 日本人の自然を大切にする自然観
- 日本人の歴史観と時間軸を思う感覚
- 日本各地の特徴のある地域とそこに息づく生活の姿
- 日本に古くから伝わる匠の技の伝承
- 日本の技術から生み出される高品質なものづくり
- 日本人の社会と他者への責任感とモラル
- 日本人の協力し合う態度、連携し助け合う態度
- 日本企業の「人」を大切にする経営
この8ヵ条の背景には、2012年に設立した「日本サステイナビリティ・マネジメント・フォーラム」の存在がある。しかし、その原点はさらに以前にさかのぼり、2004年にアメリカ・ミシガン州グランドラピッズ市およびアクィナス大学を母体として立ち上げた「日米経済ビジネス文化フォーラム(US-Japan Economic Business & Cultural Forum)」がある。このフォーラムでは、地球環境との共生、地域社会との共生、企業の利潤との共生という3つの「共生」を満たすものとして、サステイナブル・ビジネスの実践を探ったのだった。国内外の関係団体、自治体、企業、大学にも呼びかけたのが、いまから22年も前だったと思うと感慨深いものがある。
当時の日本は、サステイナブルという言葉はまだ一般的ではなく、企業の社会的責任としてよく知られているCSR が、企業のイメージ向上から「戦略的CSR」として定着していった頃だった。バブル崩壊後の構造改革、京都議定書による温暖化対策などの環境問題への関心の高まりを背景にCSR への取り組みが進められていた。また、企業を社会の一員と捉える「企業市民」という考え方のもと、地域貢献やボランティア活動も重視されはじめた。
こうした動きは、日本でもサステイナブル・ビジネスの基盤となってくるという確信があった。日本のCSR の意識の中には、私たち日本が昔から持っていたものがある。企業が唱える社会貢献には、心の奥底に日本人としての精神があるはず。日本の文化と日本人の価値観の中にはサステイナビリティの重要な要素があるにちがいないと思っていた。
当時、一緒に仕事をしていたサステイナブル経営の最前線に立つ外資系企業の日本人たちは、グローバルな潮流に接するなかで、日本のことを考えていた。日本人が本来備えている精神や知恵、技術を、いまこそ改めて大事にすべきではないかという思いがあった。そこで、その思いを具体的な形にする目的で、2012 年に「日本サステイナビリティ・マネジメント・フォーラム」を設立した。
医療、教育、農業など多様な分野に目を向けながら、日本の精神を再発見し、事業、経営、人の力、接点、連携という5つの視点から考察を深めた。その中で、歴史から何を学び、何を感じ取るべきなのか、日本流の心とは何か、日本流のノウハウとは何かといった問いが、次々と浮かび上がってきていた。
これらの問いを解き明かすために、より多くの人々と意見を交わす場を設けたいと考え、同年10 月にシンポジウムを企画した。その開催にあたって提言したのが「日本流サステイナビリティ・マネジメント8ヵ条」である。
日本流サステイナビリティを経営に幅広く浸透させることで、企業や事業体が活気づき、発展と成長の循環を生み出すことを目指した。マネジメントを広義にとらえることで、地域とのつながりや地方の活性化への貢献も果たせるはずだ。その結果、世界中の人々が「しあわせ感を持てる」新しい形の持続可能な発展ができる社会にすることができる。そんな理想が私の頭の中で広がっていた。
私はアメリカ・ミシガン州グランドラピッツ市でのサステイナブル体験を機に何度かその地を訪れたが、そこで感じたことのひとつに、無駄なことはしない、不必要なことはしないということがある。巨大であることは、ときに無駄を生みやすい。しかし、小さい企業でも、人を大切にする心さえあれば、大きな成果を成し遂げることができるはずと確信した。私はそうした信念で数々のプロジェクトに取り組んできた。
最近では、私は「困っています」と「私にできることでよければ」という応援の循環を社会に広げる「I&Others」という活動を始めた。これも、日本人に根づく社会と他者への責任感とモラル、互いに協力し助け合う姿勢、そして「人」を大切にする「日本流サステイナビリティ」に促されてスタートしたものだった。 (https://iandothers.org/)
