第五話
「サステナビリティと日本文化が結びつき、日本流サステナブルウェルビーイングが社会に広がる」

経営マネジメントに関心のある人たちの間で時折話題になるのが、近年の経済学やマーケティングの第一人者が松阪商人の経営理念に言及していることである。「現代経営学の父」と呼ばれるピーター・ドラッカーは、「マネジメントとは人のことである」という名言を残し、マネジメントで強みを発揮し、世の中に貢献しながら組織を構築すると、人は創造的な存在に成長できるとした。代表的な著書『マネジメント』の中で、それが日本企業の人を大切にする経営や、松阪商人に受け継がれた経営思想に通じるものがあると記している。また、「近代マーケティングの父」と呼ばれるアメリカの経営学者フィリップ・コトラーは、ドラッカーがマーケティングの起源を17世紀の日本に見出していたことを紹介し、顧客第一や社会貢献を重視する思想は松阪商人の信条に通じると考えた。企業は利益だけでなく、社会的価値やウェルビーイングも重視すべきだとしている。そのため近年では、コトラーの「価値中心マーケティング」や「マーケティング3.0/5.0」と、日本流のサステナビリティや松阪商人の精神を結びつけて論じる人もいる。

松阪商人とは、江戸時代に伊勢国松阪(現在の松阪市)を本拠に全国で活躍した商人たちのことである。義を先にして利を後にするという「先義後利」の精神を大切に、質素倹約を重んじながら、信用第一の商いをした。その経営理念は現代の日本的経営やサステナビリティにも通じるものとして注目されている。

その松阪で私は以前から観光まちづくりアドバイザーを担ってきた。現在も松阪市政推進会議委員を務めている。松阪の歴史・文化を次世代に伝えること、そして市の活性化につなげることを目的として、事あるごとに松阪に足を運んでいる。

2013年を皮切りに東京・日本橋と松阪で「松阪経営文化セミナー」を開催してきた。この名称に“文化”を加えたのは、経営と文化はつながっていなければならないという私の強いこだわりであった。
日本橋は江戸の豪商として名を馳せた松阪商人のゆかりの地である。江戸に店を持った「江戸店(えどだな)持ち商人」の中でも、三井財閥の祖である三井高利は代表的な存在であり、江戸に呉服店の越後屋を出店して三井家の基礎をつくった。各セミナーでは「本居宣長の人中心の経営マネジメント」「北海道を命名した松浦武四郎のダイバーシティな地域構想」「木綿で経営文化を支えた女性活躍」などをテーマに各分野の専門家たちが議論を交わした。
松阪とゆかりの深い人物としては、映画界の世界的巨匠・小津安二郎監督も挙げられる。彼が醸し出した独特の映像世界にもまた、日本流サステナブルウェルビーイングが根底に流れているように思う。

私は、日本橋での「松阪経営文化セミナー」で故・服部幸應氏(服部栄養専門学校理事長・校長)と「気と食」というテーマでトーク・セッションを行なった。食べ物は、からだづくり、人づくり、地域づくり、社会づくりの源であるという観点で、松阪の「気」に満ちた食と人と文化を語り合った。ここで私は、豊かな自然の中で育てられた松阪の食材には「良い気」が集まっている、「食が人をつくり、人が社会をつくる」とその重要性を説いた。対話は食育にも及び、知育、徳育、体育、才育が人間関係形成の原点であり、食育基本法は「食卓基本法」であると言及した。服部氏は食を文化として「文化芸術基本法」に位置づけた。

食文化に関して、私たち朝日エルは、2010年以降「障がいのある人の食・栄養」に取り組み、2011年に、服部幸應氏のプロデュースのもと「ゆうかり黒豚ランチ&美味しいトーク」を企画。障害者福祉施設で生産される“ぶたにく”を生かしたメニューを開発提案した。2016 年には米ミシガンの高齢者施設で「EAST MEETS WEST(高齢者の食)」を共同企画。四季を演出する旬の食材を基本に考える日本の食文化で美的感覚と味覚を楽しむことができることを紹介した。

2020年には『世界の栄養課題の変わり目を日本がリード~「障害と食」の研究がそれを実現する』、『日本博~障害のある人の食“農×福×食DINING”日本の食の豊かさ、おいしさを、障害者の視点とともに伝える~展覧会や舞台芸術講演などに加え、「食」に取り組む全国7ブロックの福祉施設でつくられた食素材を使ったメニュー開発(監修は服部幸應)』を実施した。
その3年前になるが、2017年改正の*「文化芸術基本法」で生活文化の中に、茶道、華道、書道などと並んで「食文化」が明記された。その実現に向けては、服部幸應氏の長年にわたる貢献があったことを記憶に留めておきたい。

昨年は(公益)日本栄養士会の協力を得て、2025大阪関西万博「大阪ヘルスケアパビリオン」の “未来の栄養・食”というテーマの中で障害者の立場から食の力を伝えた。「障がいのある人を光に、ウェルビーイングを支える栄養・食を創る」をコンセプトにアートとケアの視点でアプローチした。イベントステージでの障がい者長崎打楽団「瑞宝太鼓」の圧巻の太鼓パフォーマンスは圧倒的な迫力で会場の全ての人を魅了した。私は内から湧き起こるエネルギーが喜びとなって広がり、みなぎる生命の力を感じ取ることができた。それは日本のサステナブルウェルビーイングを実感した瞬間でもあった。中村丁次氏(代表理事会長)は「障害のある人の食と栄養をご自身のこれからの最大重要テーマと考えている」と発言された。

人と人とのつながりの力を活かす「社会的処方」や、アートや文化との関わりを広げる「文化的処方」が注目されている。ここで例に挙げた私たちの食に関わる取り組みにも、人と人とのつながりを生み、社会を元気にする力があると思う。それは、単に食を通じた交流にとどまらない。日本の食文化は人と人が支え合う関係を育み、地域や社会のウェルビーイングを高めることにつながる。

こうした考えのもと、私たち朝日エルは健康という視点を加味して、2026年7月に東京都江戸川区、公益社団法人日本栄養士会、医療法人社団しろひげファミリーの三者と、食を通して誰もが心身ともに健康に生活できる「栄養のあるまちⓇ」の実現を目指した連携協定を締結した。「栄養のあるまちⓇ」は、栄養を基盤に住民や地域の人材がつながることで、誰もが簡単に栄養にアクセスでき、自然に健康になることができるまちを目指す構想だ。このプロジェクトはいま全国から注目されている。

「栄養のあるまち®」プロジェクトに関する連携協定締結

※「文化芸術基本法」

2017年の改正により、国の振興対象となる生活文化の例示として新たに「食文化」が明記されました。これにより、食が単なる生命維持の手段ではなく、芸術や伝統と並ぶ日本の需要な「文化」として法的に位置づけられました。この改正によって、以下のような具体的な影響やメリットが生まれています。

  • 分野の拡大:これまでの生活文化として例示されていた「茶道、華道、書道」に「食文化」が加わりました。
  • 社会的地位の向上:食の分野で活躍する料理人や職人が文化勲章や文化功労賞などの国の栄典を受賞できる根拠となりました。
  • 地域振興の強化:地域の食文化の継承や保護、インバウンド誘致、食の輸出推進などの行政支援がより強力に行われるようになりました。

この法律の詳細は、e-Gov 法令検索にて条文を確認することができます。

芸術と生活を楽しむまちづくり(三重県津市:半泥子のワンダーランド)