第四話
「日本流サステイナビリティ、そこにはウェルビーイングの精神が息づいている。」

2011年、東日本大震災が発生した。その日、私は霞ヶ関での会合に臨んでいた。津波の衝撃的な光景を映し出すテレビ画面に釘付けとなったこと、その場には涙を浮かべる人の姿があったことをよく覚えている。

翌2012年は、震災と原発事故の影響が色濃く残り、復興への歩みと将来への不安が同時に進行していた。社会全体に不安と閉塞感が漂っていたが、その一方で、「地域の支え合い」という合言葉が広がり、ボランティアや社会課題への関心が高まるなど、変化への期待も芽生え始めていた。サステイナビリティへの意識はというと、復興という現実的な対応に追われ、断片的な理解にとどまっていた。しかし、「絆」「地域」「支え合い」という言葉の中には日本流サステイナビリティに通じるものがあった。

日本サステイナビリティ・マネジメント・フォーラムは、2012年10月19日に第1回シンポジウムを開催した。ここで初めて「日本流サステイナビリティ」を公表するとともに、「日本流サステイナビリティ経営を日本復興の原動力に」というメッセージを掲げた。

当日は、外資系グローバル企業の現場で活躍する日本人リーダーたちが登壇し、サステイナビリティ経営における日本の価値観を論じた。その時の登壇者たちとは「日本流サステイナビリティ8ヵ条の提言」をつくるにあたり継続的に意見交換を重ねてきていた。

ネスレ日本の村本正昭氏(ネスレ日本株式会社執行役員パブリックアフェアーズ統括部長)は、社会課題を事業機会と捉え、経済価値と社会価値を同時に生み出す新たな経営戦略とした自社のCSV(共通価値の創造)を紹介した。その考え方は、近江商人の「三方よし」に通じ、日本的価値観とグローバルなサステイナビリティ理念の共通性が示された。

続いて、発起人の一人である高田誠氏(株式会社オーセンティックス代表取締役・代表取締役社長 元P&Gジャパン 広報渉外部部長)が登壇し、P&Gの成功に見る日本的発想の重要性を説き、「日本流」の実践が企業成長の鍵になると論じた。サステイナビリティの先端をゆく外資系企業に籍を置きながら、いかに日本の文化や感性に心を向けているかが二人の話で知ることができた。それは、日本流サステイナビリティと重なる要素が多く、参加者にも大きな共感を与えていた。

その反響を受けて2013年に開催した第二回シンポジウムでは、当時ベストセラーとなり話題になっていた『日本でいちばん大切にしたい会社』の著者、坂本光司氏(法政大学大学院政策創造研究所教授)を招いた。人を大切にする会社、他にない商品や技術をもった会社、障害者や高齢者の雇用に尽力している会社などの中小企業の事例を通じて、日本におけるサステイナブル経営の可能性を提示された。さらに北原正敏氏(法政大学大学院政策創造研究科教授)は、日本の伝統や企業文化を踏まえた進化段階として「サステイナビリティ3.0」を説き、企業理念を核としたイノベーションの必要性を示した。

同年3月には第三回シンポジウムを開催。「医療」に焦点を当て、日本の医療におけるサステイナビリティについて探った。国際婦人科がん学会プレジデントを務めていた藤井信吾氏(財団法人田附興風会北野病院院長)に登壇を願った。藤井氏は “医療者の構え”というタイトルで、奉仕の精神と自己犠牲に支えられた日本の医療の精神性と理念の重要性を強調した。私とは以前から親交があり「女性の健康週間」でも2005年の創設以来、一緒に普及活動を努めてきた。また、医療と地域と企業が連携するサステイナビリティの実例として、福島公明氏(淀川キリスト教病院事業統括本部本部長)は、地域医療を支えるための「理念とイノベーション」の実践を紹介した。さらに海外の実例を山崎正人氏(アクィナス大学経済学部准教授)が、アメリカの事例をもとに医療制度のサステイナビリティの最新動向を語った。

これまでの「日本サステイナビリティ・マネジメント・フォーラム」の活動で学び、感じ取ってきた日本流の心やノウハウは、シンポジウムでの多様な意識と志が交差する場において確かな方向性が見出された。とりわけ、外資系グローバル企業に籍を置く人たちから高い評価を得て、活発かつ熱意ある議論が交わされた。こうして浮かび上がったのが、日本流サステイナビリティの「幸福」のあり方だった。

2012年から国連が毎年公表する「世界幸福度報告書」で、日本は2026年に147か国中61位、G7の中では最下位。しかし、日本人の幸福意識は数値だけでは測れない側面を持つ。日本の幸福は、達成や所有よりも、人とのつながりや日常の中のささやかな満足に重きがあり、こうした内面的な幸福感は国際調査では捉えにくい。日本人にとっての幸福は、単なる満足度ではなく、「生きがい」の中にある。また、必要以上に自分の満足や幸せを強く主張しない傾向がある。“もののあわれ”に象徴されるような、移ろいに心を寄せる独特の感性も持っている。この感性は、単なる情緒にとどまらず、長い歴史を通して、人と人、人と自然との調和の中で生きる充足感へとつながっていた。その延長線上に見えてきた概念こそが、“ウェルビーイング”に他ならない。

私の乗った「サステイナブル号」は、このウェルビーイングという新たな目的に向かって動き出した。

※個人名の肩書きは当時のものです。

ウェルビーイングについての研究とスケールの開発は世界中で活発に行われているが、ウェルビーイング学会(2026)によると、世界幸福度報告では、世界各国の国レベルの幸福度について、1.人生の自由度、2.社会的な支え、3.一人あたりGDP、4.寛容さ、5.腐敗の少なさ、6.健康寿命の6つの世界共通の変動要因で説明している。2006年から2025年までのG7諸国を対象とした統計分析では、幸福度やウェルビーイングの変動を特に強く説明する要因は、「人生の自由度」と「腐敗の少なさ」の2つであることが示されている。しかし、最新のデータでは、世界全体の幸福度は一律に上がっているわけではなく、地域や世代によって大きな格差が生じている。特に若者の幸福度低下や、紛争地域における低下が顕著だ。私たちに何ができるかが、今問われている。
また、2025年3月には「World Happiness Report (世界幸福度報告書)」に初めて「食」の章が設けられた。幸福度に暮らしや生活に関する項目が入ったことは素晴らしいことで、ウェルビーイングは日常の生活の中にあることに改めて気が付いた。これらの状況に目を向けていくことがウェルビーイングにつながると確信している。